多紀連山と三嶽修験道(御嶽・三嶽・三岳の三通り使われている)
注)・主峰=御嶽 ・小金ヶ岳・御嶽・西ヶ岳=三嶽 ・三嶽=三岳
 
多紀連山は一般的に「筱見四十八滝」から「峠山」(631m)「小金ヶ岳」(726m)おおたわを経て「御嶽」(793m)「西ヶ岳」(727m)から栗柄迄16㎞の連峰であり、修験道場の山である。
 
三嶽修験道の行法      「丹波志」寺院之部より
表行
筱見の里坊で里行き(清太寺・三前寺・徳雲寺・多福寺・多門寺)
→四十八滝で水行(弁天滝)→八ヶ尾岳→蛙岩→大日ガ尾→(大日如来参拝)→小金岳頂上→動き岩→千枚岩→釣瓶落とし→東の覗き→白山権現参拝(南に下る)→不動岩→珍の岩→仙ガ洞に参拝→福泉寺(参拝)(引き返して尾根を西へ下る)→岩場→蟻の戸渡り→ひげすり岩→廻り岩→鋸岩→おおたわ(休憩)→胸突き八丁→(山頂)行者堂参拝(南へ下る)→大岳寺参拝(阿弥陀如来)
裏行
金掛け(三岳頂上へ引き返し西へ)→西の覗き→馬の背→愛染岩窟(愛染明王参拝)→三嶽養福寺参拝→滝ノ宮参拝(栗柄)
 
大嶽寺(みたけじ)
山岳仏教が盛んだった頃(平安末期から室町末期)「大嶽寺」は、丹波修験道の中心で「大峰山」よりも栄えていた。
1482年、約500年前大峰山からの登山要請に応じなかったため僧兵300人によって「福泉寺」共々焼き払われた。
(新荘の宮の谷に迎え撃ったが敗れる、このとき20日間山は燃え続けたと伝えられている)
 
クリンソウと大嶽寺(みたけじ)
中世多紀連山は、修験道場の山として栄え、クリンソウが発見された台地は「大嶽寺跡」直下の湿地帯であり、5・600年前に薬草として栽培されていたものが今日まで生き残っていたのかも知れない、憶測の域を出ないが往時に想いを馳せるとき夢は大きくふくらむ。
御嶽山系で他にも数ヶ所群生地が見つかっているので、もともと自生していたのは間違いなと思われる。
 
クリンソウ大群落
大嶽寺跡直下30mに広がる扇形の台地(4,100㎡)に推定170,000株(開花株60,000)の大群落を形成している。わき水もあることから水場、菜園として利用されていた可能性も否定できない、周辺には庵、宿坊跡と思われる広場が10数ヶ所あり、庭に植わっていたであろう「万年青」も3・4ヶ所に今も残っている。               
                                 多紀連山のクリンソウを守る会   石田莞爾

 

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